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『屍者の傍らで眠る』〜其の伍 [来し方]

無題1.jpg〜THIS COLOURFUL HAT IS IN THE NIGHAT.〜

 

 

恩田陸の代表的なサスペンスミステリー小説、『ユージニア』(角川文庫刊)を読んでいたら、

 理解できないもの、理解を超えたものに出会った時、人はどうすればいいと思う?
 拒絶するか、出会わなかったふりをするか、怒るか、恨むか、嘆き悲しむか、呆然とするか。予想される反応はこんなところかな。

そんな記述があった。

「ああそうだよな」と思う反面、実際のところ得体の知れないものへの拒否感や、忌避感が僕には一切

ない。そんなところがフツーの人とはちょっと感覚が違っているのかも。

そもそも未知なるものへの恐れよりも、「いったいこれは何なんだ!」と逆に懐疑的興味を持ってしま

い、(過半の人々とは真逆に)より一層得体の知れない対象に近づいて行き、その正体を見極めようと

することの方が多い。

それも圧倒的に!・・・好奇心というか探究心が、恐怖心よりも遙かに勝っているのだろう。

言うなれば人の心の奥に潜む、あるいは隠された本性というものに、人一倍敏感に感応する感じがした

ものだ。それは一言で言い表すならば『直感』と呼べるものだが、山勘のようなまったく根拠がない

代物ではない。

これを言い換えるならば、

「その時は知覚している訳ではないが、それが後になって経験から導き出された勘のようなもの」

だと実感している。

であるならば、恐らくこの感覚とは、直感ではなく『直観』あるいは『直知』であろう。

つまり思惟を経ずに精神にダイレクトに作用して、真実や本質を見抜く直截的な能力である。

殊にその欺瞞性や虚偽性や邪心に対しては敏感で、一度たりとも判断を誤ったことはない。

とにかくその感覚に導かれて行動する。その言動の正当性と理由は必ず後から付いてくる。

つまり見る前に飛べば、必ず正解に辿り着くであろう。

逡巡していては機を逃してしまう。機に臨み変に応ず。臨機応変は最適解への近道である。

普段は慎重で石橋を叩く派なのに、ここぞと思う時は兵は拙速を尊ぶ孫子の兵法の如し。

欺瞞、虚偽、怨恨、理不尽、不正、不穏、不条理、悪意、そういうものには特に敏感だ。

逆に無垢なるもの、あるいは真に善なるものに対しても、霊的精神が殊更に感応するが、

僕は過去にその様な『純粋な存在』に一度しか出逢ったことはない。

だがその話は悲しい結末が待っているのであまり言したくはない。

しかし、考えが今後の情況によって変わるようなことがあれば、

確約は到底出来ないが、改めて別のシリーズとして、お話する事もあり得るであろう。

僕が思うに霊魂はね、霊能力者の資質のある者に呼応するんだよ。

魂の共鳴と言ってもいい。

でもそんなに凄いことじゃないのは僕も知っている。

予知なんて出来っこないし、ただ呼応して感応して、霊がこの世に残した想いを感じ取るだけ。

でもこれって結構つらいんだよ。好奇心が幾ら強くてもね。

実際に霊魂の前に立てば手も足も出ない。

ただされるがまま。

でもね、僕は取り殺されたりはしないんだ。

霊は僕にいつも何かを伝えに来ているのだから。

 
 
 
・・・・・・・・!
 
 
 
知ってました?
 
 
 
あなたの周りにも霊魂がいることを。
 
 
 
〜TODAY'S SERVICE SHOT.〜

日没.jpg

 2023/02/08 14:25追記。

今日は笑えることがあったので、久々に非日常ではなく「日常の出来事」を書くことにした。

いつもの通りスーパーに行った。

この店は安いと評判の店だが、ご多分に漏れず毎回の支出は30%増しである。

故にいつしかレジのおねえさん(と言っても僕と同年代か少し上かな)の、バーコードリーダー読み取りとか、金額に間違いがないかざっと眺めるクセがついていた。

そうしたら、ポンカン一袋(4個入り)498円(税抜き)の、バーコードがどうも読み取れないらしく、おねえさんは仕方なく数字打ちをして金額を読み取った。

それまでの金額は6,667円(税抜き)だったが、打ち込まれた瞬間、そのポンカン一袋の単体のお値段が、何と税抜きで89,689円。

税込では合計金額が軽く10万円を超えていた。

そのままおねえさん気づかずレジ打ちを始めた。ヤバイ!!!

「あの今のポンカン89,000円以上もするの?」

思わずそう口を出した僕。

「あ、すみません。打ち間違えました」

どうも目が悪くて(たぶんローガン)数字がよく見えなかったらしい。

急いで他の係員に助けを求めてその係員が代わって入力。

それで事なきを得ました。

あのまま進んだら、スーパーの買い出しで初めて税抜き10万円超えの「快挙」だった!

おかしくておかしくて、思わず妻にメッセージを送った。


過請求.jpg


私は独り身ではなく妻帯者ですが、リタイヤ後は自分の事は自分ですると決心した。

一応<家事のさしすせそ>は何でもそつなく熟(こな)せます。

ところで<家事のさしすせそ>の「し」は「躾」だが、子どもがいないのでは躾はしようもないし、かと言って妻の躾は出来なかった。と言うより出来ようもない。恐妻家だから!

しかしその他の家事なら、裁縫、炊事、洗濯、掃除まで自分ひとりで熟してしまう。

だから妻は僕さえいれば左うちわ。一家に一台「静謐な一日」ってな具合である。

元々自分で出来ることを他人任せにするのは性に合わない。

だがしかし、恐らく僕の本性は怠惰で、どうしようもないくらい駄目男。

でも、、、だからこそ人に頼ってはいけないという気持ちが殊の外強いのだった。それも子どもの頃からそうだった。独立独歩、自立心が高く依頼心が極端に少なかったという。

だから何か大きな障害や障壁にぶつかると、フツーの人ならめげてしまう情況でも、自分ひとりで何とかしてしまうだけでなく、他人が困っているのを見て見ぬ振りが出来なかった。

「弱きを扶け強きを挫く」そんなことは僕の日常茶飯事だ。

そして曲がったことも大嫌い。

 

 

人は清く正しく美しく生きねばならぬ。

それゆえに、たとえ自分を捨てでも、人を扶けねばばならぬ時がある。

 

・・・と思っている。

 

2023/02/09 7:50追記

2月6日に起きたトルコ南部の地震は内陸型としては世界最大級だとのこと。

更なる被害の拡大が懸念されます。

 

 

 

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『屍者の傍らで眠る』其の参_副題:ハロー効果 [来し方]

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 前回記事から表示している上記オリジナルヘッダー写真の元になった画像がこれです。場所は千葉市美浜区の「稲毛ヨットハーバー」の防波堤の前で、その防波堤の切れ目《ヨットの出入り口》から西の東京湾に向かって夕陽を撮影しました。

 

 この日の夕焼けは殊更に照り輝いて、

 海面に反射された陽光は人々の顔や手足だけでなく、

 それこそ全身を煌めかせながら実に鮮やかに茜色に染め上げて、

 その光の揺らめきは心が浮き立つようでとても眩しくて、

 それこそ幻想的で滅多に見られないほど美しい光景でした。

 令和4年の12月初旬の黄昏時に、

 まるで知らない誰かに導かれるように、

 ここに来られたのは幸運だったと思っています。

 

 そして唐突に思えるでしょうが、何故か今回のお題は『ハロー効果』です。

 でもね、これは唐突でも偶然でもなく、必然であり当然の帰結なのです。

 ここで繰り広げられる全ての文章も、掲載される写真の数々も全て意味あってのこと。

 

 ところで、『ハロー効果』という言葉を見たことも聴いたこともない?・・・でしょうね。

 実はこの『ハロー効果』という言の葉、世の中の真実を読み解くキーワードなのです。

 ですからそのことについて、これから僕の知りうる限りのお話しをすることと致しましょう。

 ちなみにこの”ハロー”とは、英語圏で交わされる午後の挨拶 "Hello" ではありません。

 主にヨーロッパのキリスト教における宗教画を見ると、仏教における如来や観音様の背後を覆う光背のように、古来の神々とイエス様や聖人の頭上にも同じように放射状に光輪が描かれているのが分かります。これが『ハロー(halo)』、英語読みではカタカナで『ヘイロー』、日本では『後光』とか『光背』と呼ばれるものです。

 キリスト教においては神々しい対象の背後には必ず光輪(halo)があることから、(これを語源として、)崇拝あるいは信じる対象の特徴的な性質に引き摺られて、それとは関連のない対象の発言や評価についてもすべてが正しいと信じ込んでしまうことを指して、それを『ハロー効果』と呼ぶようになったとのこと。

 元々あったものから「影響」を受けて内容が「変容」する。

 だから『ハロー効果』は英語では ” halo effect ” です。

 Wikipediaの『ハロー効果』では、冒頭でこの事についての簡潔な説明が為されていました。

ある対象を評価する時に、それが持つ顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる(認知バイアス現象のこと。例えば、ある分野の専門家が専門外のことについても権威があると感じてしまうことや、外見のいい人が信頼できると感じてしまうことが挙げられる。

 ・・・という事なのだそうです。

 まあ、僕流の少しひねた解釈で言ってしまえば、

「よく考えることもなく、対象者の放つ特徴に引き摺られ、以降もその固定観念から脱却できず、無思慮かつ盲目的に強く心(精神)を囚われて、その対象者が持つと信じている権威や象徴的事象に限らず、すべての言動までをも信じて疑わなくなってしまう『困ったちゃん』的現象。あるいはそのような心理状態」

 と、いうことになる訳です。

 え、ひねすぎて分からない。でしょうね。でも読み進めていけば、徐々に分かるはずです。

 ところでこれを悪用したのが、今話題の某〇一教会における「マインドコントロール」とか、おバカな陰謀論者がその根拠としている「印象操作」なのかも。・・・知らんけど!

 それにWikipediaのこの項目ではこんな記載もありました。

あばたもえくぼ」、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということわざは、この効果を表している

 ・・・とのことだそうです。

 それからすると、僕の見るところ「色の白いは七難隠す」も、事実をよく確認もせずその者の一番の特徴というか目立つところに引き摺られて、その者の難点というか本質的な問題を敢えて見ようとしないという意味では、実はまったく同じことなのだろうという気が致します。

 少し違いますけど、いますよね。結〇してから、こんな筈じゃなかった! とか後悔する人。

 

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